Girl! Girl! Girl! 第四章


<第四章 成るは厭なり思うは成らず>


ディナー当日―――――


「さあ、そこにその花を置いて。だめ、違う! そっちの白いのじゃなくて、ピンクの! そうそう。ホラ、どう、素敵じゃない」

忙しなく人が行き交うホールに少女の佳音が響き渡ると、その指令に応じてホールのスタッフたちが右へ左へとテキパキと動き回る。
「本日貸切」の札が掲げられた織田グループ自慢の豪華ホテルの展望レストラン。そのホールのど真ん中で白のドレスに身を包んだ少女は満足そうに肯くと、隣に立つパティシエの白い制服を着た背の高い青年を見上げる。

「あら、大谷様。なにをそんなに渋いお顔をしていらっしゃるの?」

大谷様と呼ばれた青年−大谷吉継は、自分を見上げる白いフリルのリボンで飾ったツインテールの小さな頭を一瞥すると、不機嫌を押し殺したような声を吐き出した。

「………………俺はこんなこと承諾した覚えはないぞ」

抑えきれない機嫌の悪さが眉間に深い縦皺を刻む。行長ならそれだけで震え上がりそうな険悪な雰囲気を纏っているのだが、この少女には通じていない。少女は恐れる様子もなく真っ直ぐに吉継を見返すと、

「でも、一般のお客様にご迷惑をおかけするわけには参りませんから、大谷様のお店を会場にはできませんわ。ご覧の通り、会場は準備万全。今更ですわ。男らしく諦めてくださいませ」
「それはそうだが……」
「では、大谷様にお貸ししました臨時の従業員に問題が?」
「いや……、彼等は良くやってくれている。俺の予想以上に……」
「なら、お店の運営には問題ありませんでしょう。いったい、何が問題だと仰るの?」

吉継から放たれる不穏な気配に気付いているのかいないのか、少女は薄くオペラピンクのルージュを引いた唇を小さく尖らせると軽やかに言い放つ。

「あー、なんというか……」


     この状況『すべてが』ですが、何か?


少女の物怖じしない態度にそう口にすることもできずに、吉継は着々と準備が進むディナー会場の様子を疎ましげに眺め遣る。

「大谷様。そんな眼で烏賊を射殺せるような物騒なお顔をなさらないでくさいまし」
「何だ、その妙な例えは……」
「お気になさらずに。あ、そろそろお見えになる時間だわ♪」

眉根を寄せて半眼で少女を睨め付ける吉継とは対照的に、細緻な彫刻の施された黒檀の古時計を確認する少女の表情は生き生きと輝いている。
少女はクルリと吉継に向き直る。踊るような足取りとふわりと舞うドレスの裾が、彼女のうきうきとした心の内を物語っている。

「では、わたくしはそっと見守っておりますわ。大谷様。後は頑張ってくださいませ!」
「何をどう頑張れと?」
「勿論! 三成様と左近様のあま〜い一時の演出をですわ!!」

少女は、レースの手袋を嵌めた細い手をグッと握り締めて応援のガッツポーズ。応援をされた吉継の方はというと、憮然とした面貌を崩そうともしない。それどころか、少女の言葉に反応して、吉継のこめかみの辺りに筋が立ち口角がヒクヒクと引き攣る。
しかし、やはり少女には吉継の殺気立った気配はまったく通じる様子はない。怖がるどころか、まるで、吉継の反応を楽しんでいる風にさえ見受けられる。なかなかの度胸の持ち主だ。もし、行長に彼女の胆力の十分の一でもあれば、今よりももう少しましな立ち位置に着けたかもしれないのだが…………

「本日、お集まり頂きました会員の方々もそれはもう楽しみにしておりますのよ。それに、今回の件は大谷様にとっても決して悪いお話ではありませんでしょう?」

そう云って、少女は花顔に悠然と微笑み浮かべ、謳うように唇を開く。

「新作のケーキの試食も兼ねておりますし、うちの重役たちのお嬢様方も出席されておられるのですよ。この試食会にご満足頂ければ、大谷様のお店への大幅な出資だってほぼ間違いなしなのですからね。利害の一致。共和共存ですわ」

その笑みはまさに―――――勝者の風格を讃えていた。
見目は今時の17、8頃のお年頃のお嬢様。なのに―――――


     この妙な貫禄はなんなんだ、お前は……


吉継は、この年下の少女に圧倒されていることを自覚する。これまでの己の人生を回想するも、未だかつてここまで自分を圧倒した人間はいない。学業、就職共にエリート街道を突き進み、パティシエとしてもあっという間に一流に成り上がった自分が、何故にここに来て、こんな年端もいかない少女の言いなりにならねばならぬのか。まして―――――


     なんで、三成なんだ? まぁ、三成の可憐さに、思わずファンになったというのはわかる。寧ろ当然だ。あの可愛らしさが理解できないという脳が腐ったヤツがいるなら、俺が強制洗脳してやるくらいだ。だがな…………


吉継の肩がガックリと落ち、声にならぬ叫びが胸裡を激しく木霊する。


     どうして、あのセクハラ大筒男とセットなんだぁッ!!?


しかも、『会員』と称して集まったお嬢さん方全員が、可愛い三成と大筒男とのラブラブモードに一喜一憂しているという事実に、人生初めての挫折を存分に味わったのだ。

「如何致しましたの?」

小鳥のように小首を傾げる少女に思わず遠い眼差しを返す吉継。

「ふふふ。なんだが、自分の中の何かが失われたような気がして心がひどく痛むのだよ」
「まぁ! 己の野望のために愛する弟を売り渡してしまった!! 愛と野望の狭間で苦悩をお顔ですのね!?」

パッと瞳をキラキラさせて何かを口走る少女。貝殻のような耳朶から仕入れた吉継の嘆息を脳内で別の何かに変換したらしい。「愛」だの「野望」などといつの間にか大時代的な設定が付加されている。

「素敵……」
「いや。このパーティはそもそも俺の野望ではないし、三成を売ったつもりもない。というか、脅迫されて巻き込まれて不承不承協力した挙げ句に、可愛い三成がセクハラ大筒男とイチャイチャしている様を見せ付けられている俺の胃と心が痛む顔だ」
「あぁ、その可愛らしい弟に肉親の情以上の愛を捧げるものの、弟にはすでに愛しい殿方が! 報われぬ愛ですわ!!」
「そもそも三成とは直接の血縁はないんだが…………」
「もう! 禁断の愛だなんて……甘美な響きです!!」

瞳を閉じて、恍惚とした表情を浮かべる少女。現在、彼女の思考を全支配しているドリームワールドについては、最早何も云うまい。
ひとり取り残されどうすることもできない吉継が無駄だと知りつつも呟いた。

「人の話を聞けッ! この腐女子がぁ…………」

吉継は、人生をかけた自分の選択の過ちを改めて認識をした。だが、激しく後悔してももう何もかもが遅い。

「ちッ……やっぱ、出資者の選択を間違った」
「うふふ。何はともあれ、わたくしも大谷様も一番に望むのは、三成様の幸せでなくて?」
「うっ……、ま…まぁ、確かに……」

痛い一撃を入れられて項垂れる吉継に向かって少女は愛らしい微笑を向けると、高らかに素敵な一夜の開幕を告げるのであった。

「ならば、今宵は三成様のために精一杯、素敵な夜を演出するのですわ!」





2008/03/30